ようこそ、太陽と花と緑の島・初島へ

源実朝が「箱根路をわが越えくれば伊豆の海や沖の小島に波のよる見ゆ」と詠んだ初島(はつしま)。伊豆半島の東側、相模湾に浮かぶ、静岡県でただ一つの有人離島です。

熱海港、伊東港からほんの30分で渡ることができる島、「相模湾の真珠」「太陽と花と緑の島」を紹介しましょう。

案内役は、総務・広報委員会の原廣太郎委員長と、佐野茂樹委員、名倉啓司特別委員です。

何の苦もなく渡る島

何の苦も夏の潮路や島三里 小波


初島まで海上12`。初島−熱海間を「何の苦も」なく遠泳したという、遠泳記念の一句。明治生まれの児童文学者の巌谷小波(いわや・さざなみ)という人の俳句で、熱海に句碑があるそうです(関本勝夫著『静岡県俳句紀行』静岡新聞社刊)。

夏ならぬ冬の初島。雨こそ小降りになったけれども、この冬一番の寒さでした。風も強い中、10時30分出港の船に乗船となりました。

船は、ハイビスカスの花の絵を身にまとったイルドバカンスV世号。出港すると、すぐにカモメがまとわりついて飛んで来ます。

もっと近くで見ようと、乗客は甲板に出ています。カモメは、人を恐れもせず、目の前をまるで空中に止まったように飛んでいます。カモメに直接手からエサをあげられるのです。カモメをよくよく見ると、まん丸な眼をしていてとても愛らしいのです。

10時30分熱海発のイルドバカンスV世号 カモメがこんなに近くに
▲10時30分熱海発のイルドバカンスV世号
ハイビスカスでオシャレな姿
▲カモメがこんなに近くに

「左舷に見える、あれが真鶴半島の影。あの影と船が並ぶころになると、波が大きくなる。欠航を10としたら、きょうの時化(しけ)は8くらい」

普段はこちら第一漁港が発着場所。今回は第二漁港に到着
▲普段はこちら第一漁港が発着場所。今回は第二漁港に到着

「8くらい」? それなら、きょうはなかなかのものじゃないですか。海上工事を手掛ける会社の社長であり、熱海の海は庭のようなものである佐野委員が、さらりと言います。原委員長も海釣りが大好物だけに、何の、この程度の波にはこれぽっちも動じません。


わずか30分の船旅。強風のため、いつもの島北にある第一漁港ではなく、風が島にさえぎられる西側の第二漁港に着く。船旅で本格的に揺れたのは10分くらいでしょうか。島に着いてしまえば何のこともありません。「揺れるのもいいものだ。ゆれなきゃ船らしくない」。――何の苦も冬の潮路や島三里、この近さが初島のいいところなのです。

来島者は年間24万〜25万人

到着後、すぐに初島区長の新藤康晴さん(50歳)に、島の魅力などについてお話を聞きました。

初島区というのは、熱海市が法人格を認めた地縁団体ということだそうです。新藤さんは、区長であり、初島漁港協同組合の代表理事組合長、観光事業を行う初島区事業協同組合理事長の3役を務めています。

まず、初島のセールスポイントとして挙げたのは、「相模湾に浮かぶ静岡県唯一の有人離島で、30分で渡って来られるから、のんびりとしながらも、島の雰囲気を味わえる」ことでした。

水仙の香る島を目指す区長の新藤さん
▲水仙の香る島を目指す
区長の新藤さん

次に、海の幸が地産地消で「すぐに食べられる」こと。新藤さんによると、伊勢エビは年間4〜5dの水揚げがあり、半分は島内のホテルに行き、半分は地元のお店でお客さんに提供しているそうです。サザエはほとんど地産地消で、多いときは年間300dになるとのことです。

「食堂や民宿は家族経営のため、お客さんとのふれあいがあります。これがソフト面でのセールスポイントです」

島には年間24万〜25万人訪れるそうです(ただし乗船人数)。「2〜3月のオフシーズンでも9000人以上が訪れるなど、年々増えてきました。ただ、それ以上になると、場荒れしないかと心配」。16年前からダイビング事業も始め、毎年1万人以上も集めているということです。

美味しそうな伊勢エビ 美味しそうなサザエ
▲美味しそうな伊勢エビ
▲美味しそうなサザエ
地産地消の海の幸島の幸の初島定食
地産地消の海の幸島の幸の初島定食
明日葉(あしたば)の天ぷらも美味しい
▲明日葉(あしたば)の天ぷらも美味しい

子どもがいなくなる?

グランドエクシブ初島クラブ
▲グランドエクシブ初島クラブ

“楽園”とはいえ、悩みもあるそうです。それは、日本中の悩みと同じく少子高齢化です。島は自然の制約も厳しいことから、江戸時代から41戸を守り続けています。それだけに少子高齢化が効いてきているようです。

現在、住民が140人、学校の先生が10人、ホテル従業員が100人の計250人が島にいます。このうち、初島小・中学校に通う子どもたちは17人。区長によると、本年度の卒業生が3人で来年度の入学は1人、来年度の卒業生が4人で、さ来年度はゼロになるそうです。つまりこのままだと、差し引き6人減ですから、児童生徒数は11人になってしまうわけです。「生活基盤を整えること」が目下の重要課題なのです。

夢は「水仙の香る島」の復活

新藤さんの夢は、小型定置網の復活。これで取れた魚を漁協直営の食堂でお客さんに提供することです。「島に外から帰ってきた人は、勤め人に形態の働き方が好まれるようですので、ここで従業員も雇えます。ダイビング事業とも共存できます」

まだまだ夢があります。「初島の沖合いを通ると、水仙の香りがしたといわれています。かつては婦人部が総出で出荷もしていました。春は菜の花、熱海桜、冬は水仙の香る初島にしたいものです」

新藤さんに話を聞く原委員長(右)と佐野委員(左)
▲新藤さんに話を聞く原委員長(右)と佐野委員(左)

小中学校校歌、驚きの作詞者・作曲者

新藤さんとお話をした協同組合事務所のすぐ近くに初島漁協直売所(畜養部)があります。ここで、伊勢エビやアワビ、サザエなど海の幸を販売しています。生簀には伊勢エビやら何やらが売るほど(当たり前)いました。食堂の奥さんたちは、クーラーボックスを抱えて、ここに魚などを買いに来るのです。

直売所の前の道を海沿いに行くと、島の漁師が営む食堂街が軒を連ねています。「岩と松の緑に統一した風景」ということで、食堂街は茶色の屋根で、高さも統一されています。

漁協直営の販売所 海に向かって軒を並べる食堂
▲漁協直営の販売所
▲海に向かって軒を並べる食堂

島の中心部に向かうと、児童生徒数17人という初島小中学校に出会います。校舎は平成9年完成のログハウスで、ホテルのような、なかなかいい雰囲気があります。

学校の前には校歌を紹介した碑が立っています。驚くことに阿久悠作詞、三木たかし作曲。題して「地球の丸さを知る子供たち」。

初島小中学校校舎はログハウス
▲初島小中学校校舎はログハウス

小説『うず潮』の舞台

初島は、作家の林芙美子の『うず潮』という作品のクライマックスの舞台となっています(記念碑もあります)。林芙美子をご存じない。森光子さんのライフワークとなった劇『放浪記』の作者です。

『うず潮』は、戦争未亡人の高浜千代子と、ジャワから復員してきた杉本晃吉が、紆余曲折の上でようやく共に戦後を生きていこうと決心をするまでを描いた小説です。初島を二人が歩きます。

島の高台に上ると、ほっかりと畑が現れる
▲島の高台に上ると、ほっかりと畑が現れる

磯石を積みあげた狭い段々を登って行く。春のように暖かい。午過ぎの黄色の陽射しが、小学校の前の、葉の落ちた桜の樹林を、燃え立つ色に染めている。野生の水仙が咲いていた。椿の藪のなかの、石道を登りつめると、思いがけなく、広々とした起伏がある畑地が広がっていた。」

「周囲四キロの小さい島の景色があまりに素朴なために、まるで遠い外地にでも来たような気がして来る。冬とも思えない暖かい潮風が、畑の人参の葉の上を、かげろうのように柔らかく吹いていた。」

アロエの花、干しダイコン、海
▲アロエの花、干しダイコン、海

小説に現れる風景は今も、ほとんどこのままです。本当なら「冬とも思えないような暖かい潮風」が吹いていたはずですが…。

とはいえ、海から離れて島を登っていくと、波音はすれども海風もありません。島は真っ赤な椿、モンキーバナナのような朱色のアロエの花が満開(初めて見ました)。小説のように、まさに思いがけなく畑が現れて、初島ダイコンが干してあり、真っ白い肌にシワを寄せ始めていました。これが美味しい美味しい沢庵になるのです。

初島ダイコンが干されています
▲初島ダイコンが干されています
歯ごたえもよき初島タクワン
▲歯ごたえもよき初島タクワン

歴史を掘り起こす楽しみ

初島は縄文時代の遺跡が出るほど、歴史が古い島だそうです。初木神社、竜神宮、お初の松、磯内膳の墓、江戸城の石垣を切り出した跡などなど。最近では、江戸時代の瓦船が沈没しているのも発見されたそうです。歴史と伝説を掘り起こすのもまた楽しみの一つになるでしょう。

このほか、360度ぐるりと見渡せる初島灯台、灯台資料展示館、遺跡の出土品や深海探索船「しんかい2000」のスケールモデルなどを展示する初島海洋資料館などなど、見所はたくさんあります。

360度見渡せる初島灯台 灯台に隣接する灯台資料展示館
▲360度見渡せる初島灯台
▲灯台に隣接する灯台資料展示館

最終便の風景も見所

旅も終わりに近づきました。第二漁港に熱海行き午後4時発、最終便の到着です。

熱海からの観光客の中に一人、学生服を着た背の高い男の子が下りてきました。隣には、先ほどお話をうかがった区長の新藤さんが発泡スチロールの箱を抱えて歩いています。

男の子と新藤さんは、眉毛のあたりがそっくりです。そう、きょうは金曜日でした。熱海で一人下宿するお子さんが帰ってきたのでしょう。二人ともどことなくうれしそうです。

金曜日の最終便の風景も、なかなか捨てがたい島の見所ではないでしょうか。


初島は、暑い夏も、寒い冬も、春も秋も一年中、みなさんを待っています。ぜひ、一度お出かけください。全欠航は1年にわずか5〜6日だけ。何の苦もなく渡れる島なのです。

初島アイランドリゾートの「海のプール」
▲初島アイランドリゾートの「海のプール」