▲坪井美穂さん |
国土交通省と建設産業人材確保・育成推進協議会が実施した建設従事者の作文コンクール「私たちの主張~未来を創造する建設業~」で、静岡県から応募した坪井美穂さん((株)新村組・焼津市)が国土交通大臣賞を受賞しました。快挙といっていい出来事でした。タイトルは「建設業で働く1人として」。何気ないタイトルですが、「建設業で働く」人々の思いを酌んだ内容が素晴らしい。ぜひ、一人でも多くの建設人に読んでいただきたいと思います。さて、こんな作文を書いたのはどんな方でしょう。(聞き手は静岡県建設業協会総務・広報委員会の原廣太郎委員長と佐野茂樹副委員長)
▲坪井さんをインタビューする原委員長(中央)と佐野副委員長(左) |
―ご家族の反応はどうでしたか。
「妹が建設関係の会社に勤めていて、一番初めに『新聞で記事を見たよ』と言って、その記事を家に持って帰ってきてくれました。父と母は『すごいねぇ』と言いました。『すごい大事(おおごと)だったんだね』という感じでした」
「その後、妹と祖父が外に出掛けたとき、祖父が工事現場を見て『工事、じゃまだなあ』と言ったそうです。そうしたら、妹は『お姉ちゃんの作文読んだでしょう。工事をしてもらって、ありがとうでしょう』と怒ってくれました」
―とても、うれしいお話です。会社のみなさんの反響は。
「会社の人たち、現場に出かけている人たちには伝えてなかったので、現場で聞いてきて『何か賞をもらったんだって』とか『読んだよ』『作文読みたいからコピーしてね』って。気軽にそう言っていただけました」
▲静岡県建設産業の主張2013で、伊藤孝静岡県建設産業団体連合会会長から 記念品を贈られる(2013年) |
―反響は社外からもあったそうですね。
「はい。宮崎県の方から『建設業の者ですけれど、作文を読ませていただきました。こうやって思ってくれる人がいることはうれしいし、励みになります』というお電話をいただきました」
▲静岡県建設産業の主張2013で作文を朗読 |
―今回の応募のきっかけは。
「静岡県クレーン工業組合の会報にお知らせが掲載されていたので応募しました。ただ、締め切りの直前だったので、2日ぐらいでダーと書き上げました。400字詰め原稿用紙で5枚、2000字です。いろいろなエピソードをどうやってつなげるかというのが難しかったところです」 「書いたのは真夏でした。私は涼しい事務所の中にいます。社員の皆さんが現場から帰ってくる夕方でもまだ暑くて、そんな中、みんなが汗をかいて仕事をしているのを間近に見て、作文ができたのかなと思います」
―それは作文の冒頭のところですね。
「はい。社員はほとんどが既婚者なので、奥さんやお子さんたちのために働いているのだと感じています。早出のときでも、奥さんがお弁当を作ったりとか、家族の協力がないとできません。作文で『作業着に残った柔軟剤がほのかに香る』というのは、奥さんが洗濯してくれているんだということです。そういうことも書きたかったのです。働くお父さんのこと、お父さんを支えている奥さんということを書きたかったのです」
▲原委員長に写真の説明をする坪井さん |
―まだ書き足りなかったことはありますか。
「建設業は特殊なところがあります。サービス業や小売業などでは、商品を売って、この品物はいいとか、接客がいいという評価になります。でも、建設業の場合は、工事をしてもなかなか評価されません。例えば、舗装工事は夜間の工事となって気が付かない人多いと思います。でも、昼間に工事をすれば、きっと嫌がられます。肩身が狭いというような…。個人を対象としている仕事ではないので、評価、特にプラスの評価を受けることは少ないと感じます」
―私たちもそう思います。多くのみなさんに、そのようなことを知ってもらえたらと思います。
「高校生のころ、クレーンの会社の前を通って学校に通っていたはず、いえ確かに前を通っていたのですが、気が付きませんでした。今、こうしてクレーンの会社に勤めるようになって、そこら中にクレーンがあることが分かり、どこの会社のクレーンだろうかと気になります。興味を持つようになりました。興味を持てば、見えるものが違ってくるということを、どういうふうに書いたらいいのかというのも難しかったところです」
▲応接室には賞状が飾られていました |
―坪井さんのように、建設業に興味、関心をもっと持ってもらえるといい。今回の作文がそういうきっかけになればと期待をしています。建設業で、こういうところをもっと改善した方がいいということはありませんか。
「うちの会社は冬になると忙しくなります。それは工事の発注の関係だと思うのです。冬になると、事務所も、現場も切羽詰ってきます。毎日、クレーン会社同士で『明日空いている?』という電話を掛け合っています。現場も人手不足になります。忙しいと危険にもなります。ですから、年間を通して仕事があるように分散されたらいいと思うのです。こういう忙しさがずっと続いていれば慣れるのかもしれませんけれど」
「でも、クレーンって大きいでしょ、間近にすると『おおっ!』ってなるじゃないですか。そもそも、やる人がいないと困る仕事です。会社のみなさんは『誰でもクレーンに乗れるものではない。頭を使うし』という誇りを持って仕事をしています」
▲標語募集にも入選し「ことしは当たり年です」と坪井さん |
―クレーンのオペレーターは、精神状態をいつも安定させておかないといけないのですね。たいへんな仕事ですね。坪井さんも機会があればクレーンの運転をしようと思っていますか。
女性のオペレーターもいると聞きましたが、さすがにクレーンはちょっと…。入社して3年になりますが、私より後から入ってきたオペ志望の人たちも、資格を取って、できることがどんどん増えていきます。うらやましいなと思います」
「私は入社して軽トラックが乗れるようになりました。免許のオートマチック限定を解除したのです。もっとできることを増やしていきたいのです。今度、運行管理者という資格を取ろうと思っています。CADも勉強させてもらっています。私はサポートでいいのです」
「現場の人たちは、直接社長に『今度の土曜日休みがほしいよ』と必ずしも言いにくいというわけではないのですが、私たちを通してなら気軽に言えるというスポンジのみたいな。会社の中でそんな存在であればいいなと思っています」
▲坪井さんとクレーンの前で記念撮影(左から望月きよみ新村組代表、坪井さん、佐野副委員長、原委員長) |
―ありがとうございました。
■プロフィール
平成元年1月生まれの25歳。藤枝市出身。静岡県立大学国際関係学部卒。焼津市在住。
株式会社新村組(新村政男代表取締役)
▽所在地=静岡県焼津市三ヶ名801-1番地
▽業務内容=とび工事、重量品運搬据付、ビル移設工事、クレーン賃貸、一般貨物運送
▽クレーン保有台数=クローラークレーン12台、トラッククレーン3台、ラフタークレーン14台、
トレーラー6台、大型トラック4台、4トンユニック2台
▽沿革=大正10年創立。昭和39年組織変更し有限会社新村組を設立。平成5年増資を
行い、社名を株式会社新村組に変更
■国土交通省、建設産業人材確保・育成推進協議会
平成25年度「私たちの主張~未来を創造する建設業~」
国土交通大臣賞受賞
「建設業で働く1人として」
坪井美穂((株)新村組・焼津市) (全文掲載)
▲表彰式(2013年10月17日) |
猛暑の続く八月、クーラーの効いた事務所に「涼しー」と現場を終えたみんなが入ってくる。一気に賑やかになり汗臭くなる。けれどそんな中にも作業着に残った柔軟剤がほのかに香る。この夕方の時間が私のお気に入りだ。
私はクレーン屋の事務員をしている。大学卒業後事務職であればと就活した為、クレーンにも建設業にも興味があるわけではなかった。寧ろそれまで、一般道をクレーン車が走っていたことさえ気付いていなかった。年度末に道路工事が増えれば迷惑だなと思っていたし、バックホウが近所で作業していればうるさいなと不快に感じていたことの方が多いと思う。
就職して三年目。建設業に対する思いは百八十度変わった。なくてはならない世界だと。個人の家を建てるのも、大規模商業施設を作るのも、川に橋を架けるのも、道路・線路を造るのも修繕するのもすべて建設業の仕事だ。「あの工場、私の会社のクレーンで建てたんだ。」「あそこの海に並んでるテトラポットは会社のクレーンを使って寒い時期に波を被りながらみんなが並べたんだよ。」見掛ける度に私は家族や友人に説明する。もちろん完成された創造物はとても立派だ。しかし、力説したいのはその過程である。3Kと言われる建設業。危険・きつい・汚い。暑い日も寒い日も屋外での作業が当たり前、手順や操作を1つでも間違えば大きな事故に繋がってしまう現場。そんな環境の中でも各社元請下請が協力して1つの物を造りあげる。監督が居ても重機の手配がつかなければ、重機があっても運転手が居なければ、運転手が居ても手元で作業をしてくれる人が居なければ、人手がいても全体を知っている監督が居なければ、現場にいる誰ひとりが欠けても完工しないのである。誰もが必要とされている職場、誰にでも役割のある現場。私自身は現場に入らないが、私が作成した書類を元に施工体制に自社の情報が看板に書かれていると嬉しく思うし、責任を感じる。私の書類作成という仕事がなければクレーンもみんなも現場に入れないのだ、そう自負して仕事をしている。
日常生活の中でも、自分が気にかけなければ気づかないことは多くあるだろう。今では現場に向かうクレーン車を一般道で毎朝のように見かけるし、トレーラーで輸送されているバックホウにも気付く。しかし、高校時代、通学路に同業のクレーン屋があり目立つ重機が並んでいたにも関わらず通学中の三年間、更にこの職に就くまで気付かなかった。つまり気持ちの持ち方や視点が変われば同じ事象でも気付くことも思うことも違ってくる。公共工事の際【ご迷惑お掛けします】という看板が出ていると思う。例えばこれが道路改修工事だとする。もちろんその工事によって私達利用者は工事期間中片側交互通行になったり迂回を強いられることになるし、近隣の住民は渋滞や騒音で迷惑を被ることは事実である。しかし、その工事を怠れば道路が劣化しいずれ大きな事故を引き起こす可能性が高まる。それならば、私たち一般人は【工事ありがとう】という気持ちを持たなくてはいけないと気付くと同時にこれは大勢の人に理解してもらいたいことだと強く感じるようになった。現在の建設業・建設業従事者に対するイメージは決して良い物ばかりでは無いと思う。しかし、私たちが快適に暮らす住まいや利用する道路、そういった身近な、もはやあることが当たり前になっている物を建設業・その従事者が支えているのである。自分が携わった物が目に見えて世界に残っていく仕事。自分達が建てた家、道路、学校。最近は特に震災に備え、避難タワー建設や耐震補強による小中学校の建替等の仕事も増えている。命を守ることに直結する物を体を張って作っている建設業界。東日本大震災後も仮説住宅建設や物資輸送路整備、人命捜索救助にと活躍したと聞いている。体が資本であるし、現場では縦社会もあり、決して楽な仕事ではないことはみんなを見ているとよく分かる。けれど、やりがいも一人一人の存在価値も各自の成長も強く感じる事ができる仕事であると思う。もっともっと誇れる産業であることを業界全体でアピールしていかなければいけないし、それを発信出来るのは現場の人はもちろんだが、私のような近くで彼らを見る事が出来る立場の役割なのかもしれない。第二東名開通や静岡空港開港にも関わったみんなは凄いと思うし、そういった華やかな物でなくても毎日汗を拭きながら地道に作業している姿はかっこいい。お子さん達に見せてあげたい程だ。彼らの日々の作業は未来を創っている。
今日も無事みんなが帰ってくることを願いながら、私は自分の役割を精一杯果たそうと思う。そして、みんなが帰って来たら「お疲れ様です」と毎日笑顔で迎えることを忘れないようにしたい。建設業界内外にありがとうが溢れることを願って。
▲国土交通省で行われた表彰式後、高木毅国土交通副大臣 (左から2人目)と記念撮影(2013年10月17日) |