小山町藤曲の小高い土地に位置する豊門公園。

 かつて小山町には、東海道線(現在の御殿場線)の開通と豊富な地下水により富士紡績が進出。1898年(明治31年)に操業開始するも、利益の低迷と株主への無配当が続いた。そこで鐘淵紡績東京工場の支配人だった和田豊治を専務取締役として招聘。入社翌年の上期には累積赤字を償却し、8000円(現在の8000万円程度)の利益を確保しみごと同社の経営危機を救い業績を飛躍させた。その和田豊治の死後、遺言により、東京都の向島の和田家別邸が小山町の現在の位置に庭園整備とともに移築。豊門会館となり、富士紡績社員らの福利厚生施設となった。また、西洋館(旧豊門青年学校)は青年幹部の養成学校として昭和初期に建築された。2004年には小山町に譲渡され、05年には国の登録有形文化財に指定されている。公園内には豊門会館(和館・洋館)や西洋館の他、正門、噴水泉、和田君遺悳碑の合計6件の国登録有形文化財がある。

 「豊門」の由来は、和田豊治の「豊」に、「富士紡の三門」と称せられた森村市左衛門、や日比谷平左衛門、浜口吉右衛門の「門」を取り名づけられたもの。

渋沢栄一書「豊門会館」(豊門会館玄関) 豊門会館洋館の客室。北駿地域の首長会議も開催。
渋沢栄一書「豊門会館」(豊門会館玄関) 豊門会館洋館の客室。北駿地域の首長会議も開催。
豊門会館洋館に残る傘たて・帽子掛け
豊門会館洋館に残る傘たて・帽子掛け

 玄関を入ると正面に「豊門会館」としたためられた渋沢栄一の書が掲げられており、2階には勝海舟による「六合山荘」の書も残されている。館内に入り右側にある洋館は接客用に使用され、応接間や客室2室などを有する。特に客室は天井に鏝細工、床には寄木細工が施され、暖炉や照明器具にも伝統的な技法が見られる重厚な造りとなっている。近年、北駿地域の首長会議が小山町で開かれた際の会場としても使われた。

 和館2階には8畳敷き座敷と15畳敷き座敷、10畳敷きの次の間などがあり、それぞれに趣向が凝らされている。例えば、最も重要な賓客を迎える8畳敷き座敷の天井には1畳大の屋久杉が使われており、しかも畳のヘリと天井の板の仕切りが同じ位置になるよう工夫されている。15畳敷きの座敷には勝海舟の書が飾られているほか、床の間の前の畳が2畳大になっており床の間を切らない心遣いがされている。

 座敷を取り巻く廊下の窓は雨戸をしまう戸袋をできる限り小さくして見晴らしを確保。床は排水を考えてか、または意匠的な理由なのか、外側に向けて緩やかな傾斜となっている。2階廊下からは鮎沢川上流の富士紡績第1・第2工場と下流側の第3工場が一望でき、一種の「天守閣」の趣があったのかもしれない。

 この建物が小山町に移築された大正末期から昭和初期、富士紡績は約1万人を雇用する同地域随一の大企業で、課長級の社員は道ですれ違う人に頻繁にお辞儀をされる程の立場であったという。その課長級でも豊門会館にはなかなか入ることは許されず、豊門会館に出入りすることは大変なステータスであった。

青年幹部養成学校などとして使われた西洋館。塔を中央に、左右非対称の建築様式。手前の噴水泉とともに国登録有形文化財。 西洋館に飾られた、富士紡績の女子ソフトボールチームの写真。
青年幹部養成学校などとして使われた西洋館。塔を中央に、左右非対称の建築様式。手前の噴水泉とともに国登録有形文化財。 西洋館に飾られた、富士紡績の女子ソフトボールチームの写真。
豊門会館を案内してくださった小山町教育委員会生涯学習課 金子節郎氏
豊門会館を案内してくださった
小山町教育委員会生涯学習課 金子節郎氏

 西洋館は木造2階建てで塔屋部分は3階建て、スレート葺き、寄棟造。中央に塔がたち左右に非対称の建物が並ぶ構造で、建築設計における当時の美意識がうかがえる。当初は学校として使用されたがその後は寮として使われることになり、間仕切りを増やすなど内部の大規模な改修がされている。

 豊門会館の落成は1925年で、その際敷地内に「豊門公園和田君遺悳碑」を建立。これは小山町民からの寄付によるもので、和田豊治の功績に対する感謝が込められている。デザインは近代彫刻の父、朝倉文夫。また、公園内の庭の木は富士紡への感謝を示すために町民が持ち寄り、富士紡お抱えの庭師が植樹し手入れしたという。

小山町民の感謝がこもった和田君遺悳碑 日比谷平左衛門も銅像の台座。銅像本体は戦時中に金属の供出のため撤去されたが、写真を基に復元を計画中。作者は近代彫刻の先駆者、大熊氏広
小山町民の感謝がこもった和田君遺悳碑 日比谷平左衛門も銅像の台座。銅像本体は戦時中に金属の供出のため撤去されたが、写真を基に復元を計画中。
作者は近代彫刻の先駆者、大熊氏広

 毎年11月に開かれる「豊門公園もみじまつり」では、美しく色づいた紅葉と大正レトロの豊門会館・西洋館の調和が見事。ぜひ足を運び、建物の随所に凝らされた職人技の精緻さや大正浪漫の瀟洒さを楽しんでみてはいかがだろうか。

《豊門会館(豊門公園)地図》