菅井文明専務理事
佐野委員長
▲奥:市川委員、中央:佐野委員長、左:三尾副委員長

―安田喜憲氏 (やすだよしのり)―
1946年三重県生まれ。東北大学大学院理学研究科修了、理学博士。 国際日本文化研究センター教授、東北大学大学院環境科学研究科教授などを歴任。1980年に「環境考古学」という学問を提唱し、日本における年縞(ねんこう)の第一発見者であり、これまで第一人者として国際的に学問を体系化し、牽引。現在ふじのくに地球環境史ミュージアム館長、静岡県補佐官(学術担当)、立命館大学環太平洋文明研究センター長、スウェーデン王立科学アカデミー会員。

(聞き手:(一社)静岡県建設業協会 総務・広報委員会
佐野茂樹委員長 (青木建設(株)代表取締役)
三尾祐一副委員長 ((株)三与建設代表取締役)
市川聡康委員 (市川土木㈱代表取締役))

「百年後の静岡が豊かであるために」

委員 名称となっている「地球環境史」の博物館は日本初と聞いていますが、地球環境史とはどういうコンセプトなのでしょう?

局長 そもそも地球環境史とは、地球に起こった自然環境変動を時間軸、空間軸で捉えてそのメカニズムを探ること、また、現生人類が誕生して以降の自然環境との関係性や影響などを解析する学問です。過去を知ることによって、未来の地球環境の変動を予測し、人類が今後自然とどのように関わっていったらよいかが見えてくるわけです。
 ですから、当博物館は、太古からのわれわれの祖先が関わってきた郷土の自然環境とその歴史を見て学び、未来を考える、そんな展示になっています。地球環境史の博物館という意味では、全国初です。
 通常の博物館は「見る」ことに主眼が置かれていますが、ここでは「来館者自身が考える」ことに主眼を置いています。
 私のアイディアをふくらませて、「百年後の静岡が豊かであるために」という言葉まで掲げています。これからの豊かな「ふじのくに」を創っていくためには、地域の自然に根差した学問が必要です。
 今の子どもたちは自然の中に飛び込んで、植物や昆虫などの生き物に触れるチャンスがない。標本を見た子どもたちは「これは本物なの?」と必ず質問してくるんです。悲しい時代になったものだと思います。ですから、ここに来て彼らには、地域の自然に親しんでほしいなと思います。

廃校舎リノベーションで実現。予算はたったの12億円

委員 どのような経緯で博物館建設が実現したのですか?

局長  構想は30年前、昭和61年からあったらしいですね。その後検討が続き、平成7年には自然系博物館整備の方向が決まり、平成15年度からは自然史資料の収集が始まりました。建物としてのミュージアムの整備は平成25年から始まります。最初はミュージアムではなく、資料センターの整備ということで検討が進んでいました。
 30年という時間は無駄ではありませんでした。その間にNPO静岡県自然史博物館ネットワークのみなさんが植物や昆虫の標本を集めて清水の使わなくなった保健所の一室に保管してくさだっていたものです。それらの標本を収容する資料館を造ろうという話でした。その時に、私が基本構想検討委員会の委員長を務めさせていただいていて、「皆様の30年間の努力を考えると何がなんでも博物館でなきゃあダメだ」ということで、まとめさせていただきました。おかげで富士山の裾野のように大変充実した博物館ができました。
 構想から30年間の歳月があったおかげで、幸いなことに標本はたくさん集まり、現在、30万点の収蔵があります。これは、静岡の誇り、日本の誇り、いや、もはや世界の誇りとなりつつあります。そして、きわめて有能な研究者もそろっているんですからね。苦節30年の裾野の広がりってことです。

佐野委員長

委員 高校の校舎をリノベーションするという手法で建造されていますね。

局長 なんせお金がなかったものですから、通常、地方のミュージアムは約200億円かかるものを、たったの12億円で造り上げたんです。本当に、職員の知恵と努力の結晶ですね。リノベーションといっても、さまざまな法制度の規制がある中で、よく頑張ったと思います。
 静岡南高校移転後の校舎を、フレームだけでなく、教室などもそのまま利用するという全く前例のない新しい発想で建設しました。机や椅子、黒板まで展示台として使っているんですよ。先般、発展途上国の大使の方々が来館されたのですが、何時間も帰らないで興奮されているんで「どうしたのか?」と尋ねたら、「これならば我が国でもできるぞ」と盛り上がっていたようなんですね。自然の資本を一方的に収集したり、自然を支配したりして人間だけの王国を作ることを目標にしてきた欧米文明ではなく、自然と共生する新しい文明の潮流をこの富士山のある静岡県から発信しないといけません。川勝知事が「アメリカン・ドリームはもう終わりに近づきつつある。これからはジャパニーズ・ドリームの時代だ」と言われることの背景には、その事があるのだと私は思っています。
 学校統合によって閉鎖された校舎を活用した博物館だといえば、少子化の時代、どの自治体も抱えている問題ですから、全国から見学にいらっしゃいます。それは日本国内の問題だけじゃないんですね。

委員 開館1年。どのような活動をされているのでしょう?

佐野委員長

局長 今、来館していただいている方の半分以上は静岡市在住の人なんですね。県立の博物館だから、県内全域のみなさんに見ていただかないといけないということで、移動ミュージアムを展開しています。小学校を中心に湖西から南伊豆まで赴きました。学校が閉まっている夏休みの間などは、道の駅やショッピングセンターなどでも開催しています。すでに110万人の方が見てくださったそうです。
 僕は感動しているんですが、移動ミュージアムに携わる職員は2人しかいないんです。あとは専門業者の方です。博物館自体、事務方は6人で、研究職の方が6人ですよ。研究職6人と事務職が信頼し合って一丸となって、少人数でよく頑張っています。
 加えて、うちには110人ものサポーター(ボランティア)の方や、さきほどのNPOの方がいていただいて、ご協力下さるんですね。サポーターは若い方から働きざかりの壮年期の方もいらっしゃいます。裏山の自然観察路に階段を造っていただいたのもみなさんです。また、NPOの方の中には、昆虫、植物、地質学など分類学のスペシャリストの方が揃っていらっしゃって、子どもたちに講義していただいたりして、本当に助かっています。

■国内外からデサイン面で高い評価

佐野委員長
佐野委員長
▲海外から高い評価を受ける
佐野委員長

委員 貴博物館はデザイン面などでも高く評価を受けていると聞きました。

局長 「日本空間デザイン賞2016」で大賞と企画研究賞をいただきました。さまざまの分野からの応募があり、総点数785点の中で、ミラノ万博の日本館や東京国立科学博物館の地球館を抑えての大賞となり、びっくりしました。また、日本商空間デザイン賞では銀賞・審査員特別賞をいただきました。
 博物館といったら、僕の中ではキンキラキンのハイテクのものというイメージがあって、正直、学校机や黒板を使った当館の展示は恥ずかしいなとも思っていたんです。それが、なんと国内だけでなく海外でも高い評価を受けましてね。
 国内だけでなく、海外のアワードでも、ロンドンでは金賞、香港では銀賞、ニューヨークでは入賞など、計六つのデザイン賞を受賞したんですね。世界の人々の目は変わってきているということです。

委員 海外、特に欧米で高い評価を得るのは難しいことですね。

局長 そうなんです。例えば、湖底などの堆積物によってできた縞模様のことを年縞といいますが、福井県にある水月湖の底に10万年ほどの歳月をかけて積み重なった年縞を1991年(平成3年)に発見しましたんですね。私は、この精密に積み重なった年縞こそが世界の新しい時代を創るパイオニアとなるべきものだとユネスコや国際学会で発表しましたが誰にも信用してもらえなかったんです。ところが、20年以上の歳月が過ぎて僕の弟子がイギリスのニューカッスル大学の教授になった瞬間に、世界が耳を傾けるようになって、いまや世界の時間の標準となったんですね。
 富士山の構成資産として世界遺産となった三保の松原の件でもそうなんですね。45㌔も離れている三保の松原は世界遺産ではありえないと西洋の人たちは認めようとしないんですよ。ユネスコの議長を務めていたのがカンボジアのソクアン副首相で、友達だったので、早速手紙を書いたんですね。「東洋では富士山と三保の松原は一体のものだよと、そして、それをつないでいるのは豊かな水の循環だよ」と。彼は、自国のアンコールワットと、そこへ流れ込む水の源泉であるプノンバケン山との関係に照らして、「その通りだ」と賛同してくれました。東洋の人々が描く景観の概念はもう少し広く、その広さをつないでいるのは命の水の循環だということを世界の人々が認めてくれた瞬間だったと思います。

■森・里・海の命の水の循環と生物の多様性を守りつつ暮らす

委員 テーマとしている静岡の自然環境についてはどうですか。

局長 静岡は、日本列島の東と西の中間点であり、富士山から駿河湾まで6000㍍超の標高差があります。だからこそ、生物の多様性がものすごいんですね。本当に豊かな自然なんですよね。
 健康長寿な静岡県人のことを、川勝知事が「わが県はピンピンコロリの世界一だ」とおっしゃっていますが、それはこの地に来てなるほどと思いましたね。これだけ豊かな自然に囲まれて暮らしているからこそ、あなた方は元気で長生きなんですよ。オリンピックに出ても、卓球をさせても負けないでしょ。そうしたエネルギーはどこから出てくるのかなと思いますね。東京に暮らしていては出てこないですよね。これからの21世紀は、静岡県人の時代ですよ。

佐野委員長 佐野委員長
▲静岡の生態系が解りやすく展示してある

■民間の団体、企業ともタイアップしたい

佐野委員長

委員 今後の展開はどのようにお考えですか。

局長 できるだけ多くの静岡県民の皆様に、ミュージアムを体験していただきたいです。当館は郊外で立地が悪い。しかし、6月23日には10万人の来館者を達成しました。今年の移動ミュージアムは「昆虫の世界」「化石の世界」に加えて、新たな「魚の世界」キャラバンも巡回します。
 また、今年は、夏休みイベントとしてミュージアムサマーシーズン2017というイベントも予定しています。夏休みの間にNPOの先生方に講師になっていただいて、子ども向けの勉強会や大人向けの工作イベントを企画していますので、ご家族一緒にお出かけください。
 その他、民間の団体、企業さんたちとタイアップして何かできないかと模索しているところです。ぜひとも、静岡県建設業協会さんも手を挙げていただいて、何か一緒にできるとうれしいですね。


【ふじのくに地球環境史ミュージアムホームページ】

佐野委員長

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