2016年9月1日に長泉町にフルオープンした静岡県医療健康産業研究開発センター (愛称:ファルマバレーセンター)。地域の民産学官金が一体となり協働して進めるファルマバレープロジェクトの中核的支援機関として期待される。公益財団法人静岡県産業振興財団ファルマバレーセンター(組織名称)の理念や構想、成果などを同センター所長植田勝智(うえだ・かつのり)氏に聞いた。
(聞き手:静岡県建設業協会総務・広報委員会 三尾祐一副委員長、同長田崇委員)

委員 平成14年度の県立静岡がんセンター開院を契機としてファルマバレープロジェクトが推進され、静岡がんセンターが中心となって疾病克服に向けた臨床研究・開発が進められています。さらに、公益財団法人静岡県産業振興財団ファルマバレーセンターを中核的支援機関として、産業界や研究機関、行政らの連携の下、地域企業の医療健康産業への参入に向けた支援が行われてきたと聞いています。
 まず、プロジェクトの理念について教えていただけますか 

インタビューに応じる植田勝智所長
▲インタビューに応じる植田勝智所長

局長 ファルマバレーセンターはファルマバレープロジェクトの中核的支援機関という位置づけになっており、「医療」と「ものづくり」、「人づくり」、「まちづくり」を地域の企業と共に実施します。ファルマバレープロジェクト自体は平成14年度にスタートしており、当時日経新聞に「世界の寿命は静岡県が伸ばします」というキャッチコピーを載せましたが、その実現のためにセンターは活動しています。つまり、「健康社会を築きあげるための医療と産業面での活動をし、静岡県民の健康増進や産業振興を図る」というのが理念になるかと思います。
 がんセンターは「患者家族への徹底的な支援」「病気を上手に治すための研究開発」「地域経済に貢献する活動を医療技術者もしていこう」ということを理念としています。一方、ファルマバレーセンターは、患者家族のサポートを実現するための地域企業のモノづくりを徹底してサポートし、実経済でメリットを持たせるような活動をします。つまりファルマバレープロジェクトに参入したことにより実際に企業利益を上げられるようになるまで手取り足取りサポートしようというのがファルマバレーセンターの活動です。
 医療機器の製造については、「医療機器が人体に与えるリスクの強弱により、クラスⅠ~Ⅳまでのクラス分類があり、このクラスによって3種、2種、2種といった業としてのランク」があることや、このランク毎に医療機器製造の従事経験のある専門技術者の人数に相違があるなど「業としての人的資格」の有無に加えて、「作る製品に応じて国などによる届出、認証、承認」といった許認可が必要になるなど、3つの制約があります。これをクリアし、地域企業が製品を世に出して利益が出るまでは約10年かかると言われておりますが、医療機器分野に進出し順調に事業が進んでいる成功例として、東海部品工業㈱(沼津市)が挙げられます。ようやく最近仕事が増えてきて利益が出るようになったようですが、ここまで12年余かかったそうです。それだけ、医療機器はハードルが高いわけですね。こういった企業とお付き合いし、利益につながるようお手伝いしていくことが、ファルマバレーセンターの仕事の大半となっています。

植田所長にインタビューを行う三尾副委員長(左)と長田委員(中央)
▲植田所長にインタビューを行う三尾副委員長(左)と長田委員(中央)

委員 プロジェクトの歩みをご説明ください

局長 平成14年度にプロジェクトがスタートし、平成18年度までの第1次基本戦略計画が進められました。その後、平成18~22年度まで第2次戦略計画(地域企業の参入促進)を実施し、現在、平成23~32年度まで第3次戦略計画(自律的発達期・国内外への製品販売)を進めています。
 ファルマバレーセンターは、平成14年に県立静岡がんセンターが開院した翌年の平成15年4月に開設されています。以来これまで、がんセンター研究所内に入居していたのですが、今回、県によって新しく拠点を整備され、施設の管理を担いながら医療機器の振興を図るために全面移転しました。
 ファルマバレープロジェクトが目指す姿としては、住民や患者・家族、行政、産業支援機関などが一体となってそれぞれの事業を推進し、世界市場へと進出していくというものです。それに向けて、第3次戦略にある「ものづくり」「ひとづくり」「まちづくり」「世界展開の推進」といった4つの戦略を進めていきます。
 「ものづくり」において、ファルマバレーセンターは、がんセンターや医療機関からの「こういうものが欲しい」「こういう改良がされた製品が欲しい」というニーズに基づくニッチな分野でのものづくりを行っています。現場のニーズやシーズをわれわれが聞き出して、それを実現できる企業に橋渡しをするわけです。先ほどファルマバレーセンターのことを「中核的支援機関」とお話しした理由がここにあります。医療機器に関する支援では通常、クラスⅠからⅢまでの機器の開発の支援をしています。資金は県や国の補助金を使うわけですが、補助金申請の提案書を作るところから、予算取りのお手伝いをします。
※医療機器クラス分類:生体への接触部位や接触時間、不具合が発生した際の危険性の大小をもとに、医療機器を4つのクラスに分類する制度。クラスⅣ(ペースメーカーやステントなど)が最も人体や生命に対するリスクが高く、クラスⅠ(ピンセットや機械式聴診器など)が最も低い。それぞれのクラスにより製造を手掛ける際の許可分類などが異なり、クラスⅣが最も厳しい。

 また、創薬研究、つまり薬づくりの事業もしています。薬は既にある化合物を組み合わせて作るのが一般的で、ファルマバレープロジェクトの創薬探索プロジェクトではいま12万種類くらいの化合物を蓄えているのですが、それを組み合わせて薬にしていきます。化合物の収集と薬の候補となる化合物を、県立大学薬学部などの研究機関に提供して創薬研究をしているわけです。
 ただ、20~30年前の薬づくりは「センミツ(千の候補のうち3つが薬になる)」と言われたのが、いまは「ジュウマンミツ(十万に3つ)」といわれるほど新しいものができづらくなっています。それでも、やらなければ芽は出ませんので、一生懸命やっていきます。
薬の候補が見つかると、安全性や病気に対する効果を治験するのですが、これに向けて「静岡県治験ネットワーク」というものを構築しています。県内28の病院(1院200床以上、延べ約14000床)をネットワークで結び、「こういう病気、こういう症状の患者さんに薬を試したい」という製薬会社からの要望を基にファルマバレーセンターが各病院に問い合わせをします。該当者があれば製薬会社と共に訪問して打ち合わせをし、「何年間で何症例の治験ができるようにしましょう」というところまで支援をしています。
 このように、ファルマバレーセンターではモノづくり、薬づくりと、その作った薬の製品化に結び付くためのサポート、この3つを大きな事業として進めています。

局長 医療機器製造への地域企業の参入増加についてはいかがでしょうか

局長 第二創業的に医療機器分野に進出する企業が増えています。ファルマバレープロジェクトがスタートしたころ、つまり15年前は医療機器分野に参入する製造業は40社に満たなかったのですが、いまは105社ほどに増えました。静岡県の医療機器出荷額は全国1位、医薬品と合わせて1兆円弱の産業です。県東部にはテルモ㈱、富士フィルム㈱や東レメディカル㈱などの生産拠点があり、そのサプライヤー(下請け)や独自製品を開発している企業などが105社程度にまで増えて、その半分強が県東部地域に所在しています。
 ファルマバレープロジェクトをきっかけとして、本業をしっかりやりながら第二創業的に医療産業分野に進出した企業が多くなっています。なぜ本業をしながらなのかと言えば、医療機器産業で利益が出るまでに時間とお金がかかるからなんですね。本業がしっかりしていないと、医療機器への投資ができませんから。
 主なファルマバレープロジェクト関連製品では医療機器の届け出・認証を取っているものと、医療現場で使われるものの医療機器として扱われない雑品と呼ばれるものがあるのですが、このニッチ中のニッチ、雑品のメーカーが増えてきました。医療機器分野は昔から規制が厳しく新規加入が難しい業界なのですが、医療機器に乗り出す一歩手前の試金石として雑品が非常に良いんですね。安全性を担保するための品質管理を鍛え、医療機器を作るための最低限のルールを身に付けながら、医療機器メーカーへ成長していく、その支援を私どもはしていきます。また、その開発中の製品がたまたま1人、2人の医療関係者に受けているだけなのか、それとも10人中2、3人にコンスタントに受け入れてもらえる製品なのか、その見極めがファルマバレーセンターに求められています。
 東京都の医療機器メーカーは本郷に集中しています。本郷には東大をはじめ日本医科歯科大、順天堂大などが集中しています。そういった大学の先生方がメーカーに色々とアドバイスをしているわけです。ファルマバレーセンターの周りには大学はありませんが臨床現場であるがんセンターがあります。その先生方や看護師さんが使ってみて良いと思ったものは学会で発表してもらい、展示もすることにしていますが、知名度を上げていくのはなかなか難しい部分もあります。また、医療機器を一般向けに広告することは制限されていますので、地道な活動が不可欠となっています。

静岡県医療健康産業研究開発センター (愛称:ファルマバレーセンター)入口(左)
▲静岡県医療健康産業研究開発センター (愛称:ファルマバレーセンター)入口

委員 人材育成については

局長 主に産業人の育成をしています。医療機器を作るためのノウハウや法律、ISOなどの知識をお教えするものです。医療機器分野ではISO13485を取得しなければ海外へ製品を出荷できませんので、大手メーカーの下請けをする際にもこのISO13485の保持が非常に重要なのです。また、厚労省基準のQMS(クオリティ・マネジメント・システム)の取得についてもノウハウをお教えしています。人材を育成し体制整備をし、作る製品があってはじめて進出できるという手順になっています。「製品を作った。どう売ろう?」ではなく、「目標を明確にし、そのために何をすべきか」を見極めてからでないと大けがをしてしまいます。何か計画があれば、まずご相談いただいてから着手していただければと思います。
 他の業界に比べれば利益率が高い製品も中にはありますので、実際に市場が確保できればそれなりにうまみを享受できる可能性は充分あります。量産型の消耗品でなく、ニッチなもの、コスト競争に巻き込まれない製品から着手しましょうというのが私どもの基本的なサポートの仕方です。

局長 新しいファルマバレーセンターについては

所内を案内していただく。床には高校の校舎時代の名残が。
▲所内を案内していただく。床には高校の校舎時代の名残が。

局長 県立がんセンターに近い旧県立長泉高校跡地を活用し、平成27年度から整備に着工しました。テルモ(株)MEセンターが入居する「リーディングパートナーゾーン」や東海部品工業(株)が入居する「地域企業開発生産ゾーン」、9月に開所した「プロジェクト支援・研究ゾーン」の3つのゾーンで構成しています。基本的にもとの学校の建物を活かして整備したのですが、旧体育館隣の建物と、地域企業開発生産ゾーンの2棟、それに中央棟の計3棟が今回新築されています。
 通常、こういった施設では研究開発機能のみの場合が多い一方、同時に生産も行えるファルマバレーセンターのような施設は意外と少ないんです。なぜ生産設備を併設したのかと言うと、生産設備が近くにあれば新たな取引がそこで発生するからです。新技術があればその周辺で取引が発生します。メーカーは常に新たな製品を研究開発しており、その試作技術をこのファルマバレーセンター内において企業間連携で賄えれば面白いと考えています。
 臨床現場(がんセンター)があり、モノづくりをスピードアップさせる仕組みがあり、さらに周辺企業とタイアップを促進するシステムをうまくまわしていければ、富士山麓地域にもっと医療健康産業が充実するのではないかと思います。
 質の高い技術と体制を持った企業がこの周辺にあれば、外から仕事を引っ張れます。東京の本郷には約300のメーカーがありますが、そういった会社がメーカーとして自社で物を作っているかと言えばそうでもなく、他社にOEMで作らせているんです。OEM先が何か製造ミスをすれば元請けのメーカーの責任になりますから、自ずと下請けの選別が始まっています。そこでファルマバレーセンターではその選別に残れる会社を育成するため、質の高い製品を作る仕組みを手取り足取り個別指導することにしています。品質の高い下請け企業を集積させることで、「富士山麓地域に行けば一定のレベルの仕事ができる企業が集まっている」「法律に沿った体制でしっかりした高品質なものを一定の価格で供給できる仕組みがある」ということになれば、より一層この地域での医療機器の生産額が上がっていくのではないかと思います。その中核を、このファルマバレーセンターが担っていくわけです。

建物は旧県立長泉高校跡地を活用。3つのゾーンで構成。 建物は旧県立長泉高校跡地を活用。3つのゾーンで構成。 建物は旧県立長泉高校跡地を活用。3つのゾーンで構成。
▲建物は旧県立長泉高校跡地を活用。3つのゾーンで構成。

〔植田勝智所長 経歴〕*静岡がん会議2013の資料から記載させていただきました
1976年 静岡県中小企業団体中央会入会。静岡県内の中小企業で組織される協同組合などの設立や運営支援に尽力。2005年に(公財)静岡県産業振興財団ファルマバレーセンターへ副所長として出向。12年に同センター所長に就任。

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