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 私たちが生活空間のことを「茶の間」と呼ぶように、都道府県別の茶生産量でトップを誇る(※1)静岡県に暮らす私たちにとって、お茶のことというのは、あまりにも日常生活に浸透し過ぎているのかもしれません。一大茶産地・静岡なのだから、お茶が美味しいのは当たり前でしょうか? 答えは否。そこには年ごとに農作の困難さと向き合い、品質を高め新たなお茶の魅力を伝えようとする、人々の不断の努力がありました。
 今回取材にご協力いただいたのは、(有)カネタ太田園の太田昌孝代表取締役と、家業を受け継ぐ息子の太田勝則氏、さらに勝則氏の長女である太田美咲さん。名人・太田昌孝氏の「畑が多くのことを教えてくれる」という言葉には、常に現場に携わる私たち建設業にも通ずる思いがあると感じられました。家族で茶業に取り組む同社に、天皇杯・農林水産大臣賞や国際名茶品評会・世界名茶大賞など数々の表彰を受ける品質の茶を生み出す秘訣や、高級茶「ロイヤルブルーティー」で切り拓く新たな市場のことなどについて、お話を聞きました。
(聞き手:静岡県建設業協会総務・広報委員会 佐野茂樹委員長、三尾祐一副委員長、清水充担当委員)
※1 農林水産省農林水産統計「平成29年産茶の府県別荒茶生産量及び割合(主産県)」(2018年2月20日公表)より

■普及と維持管理、採算確保のバランスに奮闘

委員 太田さんが茶づくりに携わることになったきっかけは?

局長 はっきり記録に残っている訳ではありませんが、少なくとも私の3代前、曽祖父の代から茶業に携わってきたとは聞いています。私自身は幼い頃から祖父に背負われて畑に出ていたそうで、茶畑の風景や農作業が自然と体に染み込んでいた気がします。覚えているのは、朝2時に動き始める発動機の音が目覚まし代わりだったこと。前日に摘んだ茶葉を蒸すための釜を炊く火に薪をくべることが、小さい頃の私の役目でした。茶づくりは当時から大きな収入につながる仕事という意識があり誇らしかった反面、辛い思い出も多い。毎年4月から6月にかけては学校にほとんど通えず、中学に入ってからは勉強になかなかついていけなくなってしまったことを思い出しますね。

太田昌孝さん
太田昌孝さん

委員 今や多くの品評会で受賞を重ねていますが、高品質の茶づくりを続ける秘訣は?

局長 秘訣という訳ではありませんが、心構えとして、自然は手を掛ければ掛けただけ正直に答えを返してくれる、ごまかしや裏切りのないものだ、ということを心に留めています。
 畑は農家の財産。だから敷き草や自家製完熟堆肥を使って、茶園の土質を高めるための投資は充分に行ってきました。加えて、うちの茶園では採ったとしても二番茶まで。回数を多く採り生産効率を高めるのではなく、「お礼を山に返す」という気持ちで葉を刈り落とします。これが「山のお茶」ならではの良い香気を生むのです。
 市場においては、天竜茶の存在感を示すために毎年品評会に出品し、価値を高めることにも力を入れてきました。毎年お客さんに「当てにしてもらえる」お茶を作ることが大事だと思っています。

太田勝則さん
太田勝則さん

委員 カネタ太田園さんが作るお茶の特徴はどんなところでしょうか。

局長 欠点が無い、と言えば言い過ぎでしょうか? 爽やかな香りと澄み渡る水色(すいしょく)、力強い旨味があります。
 以前私たちの茶園を視察に来られたフランス・ブルゴーニュ地方のワイナリーの方とお話しする機会があり、「自然が生み出す味わいには勝てない」という意見が一致したことを思い出します。伝統的茶産地には、茶葉の育成に向く気流があり、人間の力の及ばないところで茶葉の質を高めてくれている。自然の恵みを生かすためには何が必要で、何が必要でないのかを見極める、ということが大切なのだと考えています。  

委員 旨味の強さはどうして生まれるのでしょう?

局長 理由をはっきりと挙げることは困難なのですが、標高350~500㍍の茶園で最も旨味豊かな茶葉が採れていますね。それ以上の標高では雪が降ることも多くなり、生産量や品質が安定しなくなってしまいます。

佐野委員長 三尾副委員長 清水委員
佐野委員長 三尾副委員長 清水委員

委員 お茶の味や香りを楽しむためには、どんな淹れ方をすればいいのでしょう。お茶の専門家として、お薦めの淹れ方はありますか。

局長 あまり知られていないのかもしれませんが、お茶の品評会ではあえて審査対象となる茶葉の欠点を探すために、熱湯で淹れて5分以上置く、という淹れ方をします。減点方式の審査なんですね。だから本来の美味しい淹れ方とは全く異なります。

委員 美味しく淹れていただくためには、一度沸騰させた後に湯冷ましで冷ましたお湯で淹れることですね。お茶の質が高ければ、水出しも美味しいですよ。

 ここでカネタ太田園さんが開発した「七徳茶皿(ななとくささら)」というお皿を使ったお茶の楽しみ方を教えていただきました。中央にくぼみのある皿に1グラムの茶葉を入れ、湯冷ましからくぼみに一杯になるよう湯を注いで一煎。飲んだら同量の湯をくぼみに足し二煎、と何度かに分けて淹れ、最後には茶葉にぽん酢をかけて食べる、というもの。体験してみると… 佐野委員長は「一煎ごとの味の変化を感じられた」、三尾副委員長は「香りの強さが印象的」、清水委員は「出汁のような旨味がある」と感想を口にしていました。「七徳茶皿」はホテル九重(浜松市西区舘山寺町)などで体験できるそうです。

七徳茶皿 七徳茶皿を体験
七徳茶皿 七徳茶皿を体験

局長 限られたホテルやレストランでしか提供されないという高級茶「ロイヤルブルーティージャパン」に、カネタ太田園さんの天竜茶が採用されています。どのような経緯だったのですか。

委員  「ワインより優れた本物の最高級茶を食事のシーンに提供したい」という吉本桂子社長の求めに応じて、私たちも年に1度だけしか摘採しない最高級の茶葉を提供し、商品開発が進められました。山間地のお茶らしい、香りの高さと金色の水色(すいしょく)、出汁のような味わいの豊かさを持ち合わせる、最高級茶の呼び名に恥じない逸品を開発していただきました。私たちにとっても新たな市場に訴えかける、夢をかけた仕事となりました。

ロイヤルブルーティー
ロイヤルブルーティー

 ここで清水委員の粋な計らいにより、カネタ太田園の茶葉を使用したロイヤルブルーティー「キングオブグリーンマーサプレミアム」(ボトル1本750ml実売価格・税込21,600円)が目の前に! 取材メンバーで実際に味わってみることとなりました。
 では乾杯!!… 佐野委員長は「凄い。一滴一滴のエキスが強烈な印象を残しています」、三尾副委員長は「清々しい香りと、しっかりと残る後味を感じます」、清水委員は「価値の高さが実感できる味わいですね」と、感動を表現していました。

ロイヤルブルーティーを試飲~ワインではありません
ロイヤルブルーティーを試飲~ワインではありません

局長 茶業に携わる上で心に決めていることはありますか。  

委員 他の茶園より良いお茶を作りたいと思えば、他よりも多く畑に足を運ばねばならない、ということです。現場主義ってことでしょうかね。畑で茶の様子を見て、触れることでしか教わることができないことが、やっぱりたくさんあります。
 これは数十年前のことになりますが、「これは」と思う茶づくりを行う茶農家さんがあって、その茶園に1年間、何度も何度も通い詰めたことがありました。その茶園は今思い返しても「絵にも描けないほど綺麗だった」という印象があります。現場で体験したことは、今でもしっかりと体に染み付いています。

局長 今後も茶文化を継承していくためには、どんなことが必要だと考えていますか。

委員  美味しいお茶を淹れたら、自分で楽しむだけでなく、周りの人に勧めてもてなしていただきたい。そういう心づかいとともに茶文化が広まっていくことを期待しています。私はこれまでもずっと、出掛けた先で一杯のお茶をいただくと必ず「これは美味しいお茶ですね!」とか、「こんなに美味しいお茶で迎えてくださってありがとうございます」と伝えるようにしています。そうすれば、お茶でもてなしの気持ちが伝わるんだ、と理解してくださる方が増えていくはずなのです。
 加えて、子どもたちや若い世代が美味しいお茶と出合い、本物の味や香りの魅力を知る機会を提供することも、同時に大切なことだと思います。

取材を終えて
取材を終えて

【カネタ太田園ホームページ】

 https://www.otaen.jp/

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