「ピアノの詩人ショパンが浜松にいます!アクトシティ『ショパンの丘』」

熱海名物は数ありますが、「芸妓見番(げいぎけんばん)」は旅館・ホテルひしめく熱海ならではの名物、名所といえるでしょう。本コーナーでは6年ほど前に一度ご紹介しましたが、景気上向きのこのごろ、熱海も盛り上がるように、この華やかな場所をもっと詳しくご案内しましょう。

しだれ桜が向こう岸に  
▲しだれ桜が向こう岸に

芸能学校?

「芸妓見番」は、正式には「熱海芸妓見番歌舞練場」といいます。略して「見番」と呼ばれています。

「見番」とは、そもそも置屋の組合のことです。置屋は芸者さんを抱えている派遣会社のようなものです。

つまり、置屋の組合が持っている芸者さんの歌や舞踊の練習場ということです。「芸能学校みたいなもの」(西川千鶴子組合長)だそうで、その歌や舞踊の練習場を観光客のみなさんに開放しているのです。

「見番」は、熱海市役所のすぐ近くにあります。

建物の前には川があります。しだれ桜が今は葉桜となって、ゆったりと川の上にしだれています。その流れは、坂の街らしく、とても速い。

この川の上に「床(ゆか)」を渡して、京都の鴨川のように「川床(かわどこ)」を、ここ数年行っていました(残念ながら、ことしはありません。また復活してほしいというのが多くの意見です)。

入ってすぐに感じる「風情」

「見番」正面
▲「見番」正面

さて「見番」の入り口に立ちましょう。

提灯の明るい朱色が迎えてくれます。それがなければ、普通の家の玄関のようです。

玄関に向き合って左側には、大きな文字で「熱海藝妓見番」。右側には、それより小さな文字で「熱海芸妓見番歌舞練場」と掲げられています。

普通のガラス戸を開けると、既に何とも言えない風情を感じます。

組合長の西川千鶴子(松千代)さん
▲組合長の西川千鶴子(松千代)さん

日本旅館のように長い上り框(かまち)に、墨で描かれた三度笠姿の渡世人をあしらった、涼しげな一重の着物姿の西川千鶴子組合長が膝をついて出迎えてくれました。

もうそれだけで別世界。

組合長は21代目だそうです。西川組合長も芸者さんで、お名前は「松千代」さん。

左を見れば、神棚と大きな柱時計。右を見れば大きな羽板に、「熱海 芸妓組合」の提灯の列。ガラスケースには、黒打掛のウサギの人形や、写真、舞扇など。

入り口に飾られた提灯 ガラスケースにさまざまなもの
▲入り口に飾られた提灯
▲ガラスケースにさまざまなもの

突然の広さに驚く

上がれば、正面は舞台と客席。建物の入り口はあまりに普通。なのに、突然広い空間が現れて驚きます。外からでは、こんな空間を抱えているとは思えません。舞台を取り巻くように、芸者さんの名前、置屋の屋号を記した丸提灯が華やかです。お祭りのようです。

舞台全景
▲舞台全景
舞台、客席を取り巻く提灯には芸者さんの名前、置屋の名前が記してあります
▲舞台、客席を取り巻く提灯には
芸者さんの名前、置屋の名前が記してあります

提灯は、芸者の数だけ、置屋の数だけあります。

客席後方の壁に古い写真が飾られています。古いものは大正時代初期というものがあります。「軽便鉄道 熱海駅にて」。昭和10年4月8日と記した一葉は「丹那トンネル開通祝賀 三嶋大社にて」。いろいろな場面に芸者衆は出かけて行ったのです。

昭和29年4月1日の「熱海芸妓見番新築落成記念」、つまり、この建物ができた時の記念写真です。今と同じ「見番」の前の川の向こう岸から、集まった人々の写真を撮ったものですが、これがまたすごい人数です。当時の繁栄をしのぶことができます。

昭和29年の記念写真
▲昭和29年の記念写真

芸者さんは今150人弱

松千代さんからお話しをうかがいます
▲松千代さんからお話しをうかがいます

西川組合長が話してくれました。

「芸者は今、一番少なくなって150人を欠けています。置屋は67、68軒で、抱えている芸者は6人が最高です」

最盛期の昭和30年代には芸者は1000人を超え、置屋は200軒を超えていたということです。1軒で40人を抱える置屋もあったそうです。

それでも、今も「日本で一番芸者が多い街」なのです。

150人の芸者のうち、最高齢は昭和2年生まれの87歳。最年少が19歳。芸者の卵である「半玉」はもういないそうで、半玉から芸者に上った方も少ないと、西川組合長は言います。

一人前には10年かかる

芸者の修行はなかなかたいへん。常磐津(ときわづ)、長唄(三味線も)、鳴物(太鼓、小鼓)、小唄、端唄(はうた)に、踊り、生花、お茶にお行儀…。

東京から来てくれる一流の師匠にお稽古を付けてもらうのですが、一人前になるには「最低10年かかります」(西川組合長)。お稽古には、一般の方も参加できるそうで、1日体験もできるようです。

2階席を見上げる 階段から2階を望む
▲2階席を見上げる
▲階段から2階を望む

「見番」は稽古場

「見番」は、もともとそうしたお稽古の場。舞台はもちろん、「見番」の部屋の一つ一つが稽古場となっています。

「見番」の広報を担当されている親松結香さんが案内してくれました。親松さんの芸者のお名前は何と「金太郎」さんです。

舞台の下にも部屋がありました。

壁の二方は腰の高さに鏡、一方には姿見になる大きな鏡が貼ってありました。昔は化粧部屋だったなごりです。

舞台真下の稽古場。分かりにくいが、姿見に写っている。鏡の文字が時代を感じさせる
▲舞台真下の稽古場。
分かりにくいが、姿見に写っている。鏡の文字が時代を感じさせる

大きな鏡に記された「ナギサ珈琲店」「洋食 福本亭」の電話番号には市外局番がありません。きっと建物が昭和29年に完成した際のお祝いの品に違いないでしょう。

まばゆい舞台

舞台そでの黒御簾越しに見る舞台と客席  
▲舞台そでの黒御簾越しに見る舞台と客席
 

舞台の下をくぐると、舞台そでに出ます。

「ここからの風景がなかなかいいのです」と金太郎さん。

大太鼓など鳴物を置いた薄暗いそでから、黒御簾(くろみす)を透かして舞台と客席がまばゆい。舞台というものが、まるで夢の中にあるような、そんな気がしました。

舞台の上で組合長の松千代さん、金太郎さんのお二人にちょっとポーズをお取りいただきました。やっぱり決まっています。

松千代さん、金太郎さんの艶姿
▲松千代さん、金太郎さんの艶姿

この続きは、毎週土、日午前11時から行われる「湯めまちをどり 華の舞」か、年に1度4月28、29日に行われる「熱海をどり」で拝見しましょうか。いや、それよりも、熱海に泊まって、芸者さんを呼んでみましょうか(気軽に呼べるのですよ)。

松千代さん、金太郎さんを囲んで熱海建設業協会幹部が記念写真(後ろ左から下田正夫さん、大舘節生さん、佐野茂樹委員、渡辺修さん)
▲松千代さん、金太郎さんを囲んで熱海建設業協会幹部が記念写真
(後ろ左から下田正夫さん、大舘節生さん、佐野茂樹委員、渡辺修さん)

「湯めまちをどり 華の舞」

熱海のまちおこしになるように、熱海芸妓見番歌舞練場を開放し、芸妓衆の踊りを鑑賞してもらおうと、平成10年からスタートしました。踊りを堪能できるだけでなく、芸妓衆との会話も楽しめ、写真の撮影できます。

華の舞(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合) 華の舞2(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)
▲華の舞
(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)
▲華の舞2
(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)
・開演=毎週土日。午前11時〜1回(約30分)。臨時休演あり
・演題(7月分)=「熱海ちょきな節」
「茶切り節」
「けんかかっぽれ」
「から傘」
「夏の涼み」
「大漁唄込み」
「三下り甚句」
・料金=1人1300円(芸妓踊り、顔見せ、お菓子お茶付)
・注意=予約優先になるため、見学希望の場合、事前問い合わせを

「熱海をどり」

平成2年の見番新館落成祝いがきっかけで始まり、毎年4月に行われ、今年で25周年を迎えています。熱海芸妓が日頃の厳しい修練の成果を披露します。

熱海をどりに出演している西川組合長 (写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)
▲熱海をどりに出演している西川組合長
(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)
熱海をどり(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)
▲熱海をどり
(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)
熱海をどり2(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)
▲熱海をどり2
(写真提供:熱海芸妓置屋連合組合)

以下は今年4月に行われた際の日程です。

・日程=4月28日、29日
・時間=第1部 開場・午前11時、開演・午前11時30分
第2部 会場・午後2時、開演・午後2時30分
・演題=素囃子「寿莱三番叟」(ことぶきらいさんばそう)
長唄「舞妓」
常磐津 端唄 俗曲「春爛漫 さくやこのはな」
・入場料=4000円(前売券3500円)

問い合わせ

熱海芸妓見番歌舞練場
 熱海市中央長17-13 電話0557-81-3575
 交通=熱海駅から紅葉ケ丘方面行きバス利用で清水町下車。時間は約10分