東京理科大学 理工学部 土木工学科 助教 (取材当時、現 京都大学大学院 工学研究科 助教) 田中 皓介氏 |
自然災害が起きると、建設業界は地元行政との協定に基づき地域の応急対策活動に携わる。応急対策を必要とする現場には、道路啓開のためいち早く駆け付けるが、その姿が一般に報道されることはまずない。地域建設業の役割を社会に広く知ってもらうにはどうすればいいのか―。東京理科大学 理工学部 土木工学科 助教の田中皓介氏にお聞きした。
――平成30年(2018)に「建設業者による自然災害対応に関する報道分析」という論文を発表されています。この論文では、平成26年(2014)8月の広島土砂災害、平成28年(2016)4月の熊本地震、平成29年(2017)7月の九州北部豪雨という3つの災害を対象に、自衛隊、警察、消防、建設業、ボランティアという5つの主体が、復旧、復興、捜索、救助の活動に携わっていることが、どの程度報じられているか、全国紙2紙の報道を基に分析しています。どのような結果でしたか。
建設業の活躍は、多少は報じられていると思っていましたが、大きな間違いでした。まったくと言っていいほど報じられていなかったのです。記事の本数で言えば、例えば自衛隊が3災害・2紙合計で187本だったのに対し、建設業は最も少なく、わずか3本です。建設業の次に少ないボランティアでさえ45本ですから、その少なさには驚かされます。
建設業の貢献度が低いわけではありません。動員人数では、広島土砂災害の場合、自衛隊1万4965人(23日間)、警察1700人(日最大)、消防1万8700人(31日間)、建設業1万2793人(32日間)。その人数規模に差はありません。しかし、大きな報道格差が存在しています。
●広島土砂災害、熊本地震、九州北部豪雨における捜索・復旧活動状況についての作業主体別の新聞記事数 |
検索期間:各災害発生後1カ月間 対象新聞:読売新聞、朝日新聞 検索キーワード:広島土砂災害 広島&土砂&(復旧or復興or捜索or救助)/熊本地震 熊本&地震&(復旧or復興or捜索or救助)/九州北部豪雨 九州&豪雨&(復旧or復興or捜索or救助) (提供:田中 皓介氏) |
――報道格差はなぜ生まれると考えられますか。
論文では大きく3つの理由を指摘しています。
一つは、現場での活動内容の違いです。建設業はその活動の性格上、市民と直接接触する機会は限られます。救助された市民からすると、感謝の気持ちは、直接に手を差し伸べてくれた自衛隊や警察・消防に向かいやすくなります。
さらに作業主体を捉えにくいという理由も挙げられます。建設業は自治体の要請に基づき現場で作業する立場となっています。メディアにとっては、紙面や時間などに制約がある中、作業主体を簡潔に正確に表現しにくいと思われます。それが、作業主体を明記した報道を妨げていると考えられます。
最後は、視覚的統一感に欠けるという理由です。写真付き記事の場合、制服を着用している自衛隊や警察・消防には視覚的統一感があります。これに対して建設業には、それが欠けています。作業主体を視覚的に捉えづらいのです。
このほか、分析対象として拾い出した記事に目を通して感じたのは、自衛隊や警察・消防の活動を記事化することが災害報道のテンプレートとして出来上がっているのではないか、という点です。メディア側の捉え方に偏りがあるため、建設業の活動はそのテンプレートからは外れてしまうのです。
――なるほど、メディアにとっては記事として取り上げにくい対象ということなのですね。そもそもこうした論文に取り組もうという動機はどこにあったのですか。
建設業はもともとメディアから、どちらかと言えばネガティブな面ばかりが報じられてきました。ところが東日本大震災を機に建設業への見方が変わったとの話を記者の方にも伺い、データにもその傾向が表れています。災害報道はポジティブな面を社会に伝える一つのきっかけにもなる。それで、災害報道の実態を分析することに思い至ったのです。
建設業のポジティブな面が報じられるようになれば、社会の認識は変わります。公共事業に対して前向きに捉えてもらえるようになると期待されます。公共事業予算の確保にも好影響を及ぼすはずです。国土強靭化をはじめ、必要な事業は確実に進めるべきです。
決して予算確保のためだけではありません。建設業の活動に対して「ありがとう」と感謝の言葉を伝えられるだけで、またそうした活動に目を向けてもらえるだけで、活動に従事している建設業の方々のモチベーションは高まるでしょう。業界として担い手不足に悩まされる中、モチベーション向上につながる報じられ方が望まれます。
――課題は、いまのような報道格差を解消するために何ができるか、という点です。論文に取り組む中で、何か具体的な対策は浮かびましたか。
一つは、建設業界を所管する国土交通省(以下、国交省)の情報発信のあり方を見直すことです。
国交省では災害対応を技術面で支援するTEC-FORCE(緊急災害対策派遣隊)の活動については情報発信に取り組んでいるものの、建設業の活動についてはそれほどではありません。確かに、自衛隊や警察・消防と違って現場で活動に当たるのは組織外の人員という事情はありますが、動員人数はTEC-FORCEに比べ一けた多い1万人規模です。国交省が情報発信に乗り出せば、建設業の災害時の活動について、社会により広く伝えることができるはずです。
ヘルメットや安全反射帯など、現場での活動に欠かせないものを建設業のトレードマークとして定めることも社会の認知向上につながると田中氏は提言する (写真提供:一般社団法人長野県建設業協会) |
先ほど報道格差が生じる理由の一つに挙げた視覚的統一感を持たせることも効果が見込めそうです。建設業の場合、自衛隊や警察・消防のように制服で統一感を持たせるのは現実的ではありませんが、ヘルメットや安全反射帯など現場での活動に欠かせないものをトレードマークとして定め、それを活動する全員が装着すれば、社会の認知向上につながると思います。
さらに、建設業界側でも情報発信に工夫を凝らす必要があります。応急対策や復旧・復興活動を伝えるとき、一人の人間に焦点を当て、その人の物語として描くようにすると、読み手に伝わりやすい。建設業の役割や活動も、そうした物語として伝えるようにする工夫が求められます。
――建設業の活躍はあまり取り上げられないとはいえ、自然災害そのものは頻発し、その被災状況は数多く報道されています。土木教育に携わるなかで、その影響を感じることはありますか。
土木工学科に入学してくる新入生の中には、防災に携わりたいという志望動機を挙げる学生がみられます。とりわけ女性で目立つように思います。
建設業に対する印象も私たちが考えるほど悪くないようにも感じます。「メディアではネガティブに捉えられがちである」と講義で嘆いても、学生はピンと来ないようです。十代の若者にとっては、時代が違うのかもしれません。
田中氏が今後取り上げてみたい研究テーマは、SNSを基に、建設業の除雪活動についての社会の捉え方を分析することだという (写真提供:一般社団法人山形県建設業協会) |
――建設業が社会にはどのように捉えられているか、さまざまな角度から研究されています。今後、取り組んでみたい研究のテーマとして、どのようなものがありますか。
冬になるとSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス:交流サイト)上で除雪作業者に対して感謝の声が上がります。建設業は重機を用いて作業を行うため、人力に比べると「ひたむきさ」が伝わりにくいという難しさはあるものの、深夜から早朝にかけての作業は、地域住民の心に響きます。除雪時の建設業の活動について、社会はどう捉えているか、SNSを基に分析するのはどうか、と考えています。建設業にとっては業務の一つですが、採算度外視で取り組んでいるとの話も耳にします。そうした実情も含め、建設業の活動を研究のテーマとして取り上げることが、その役割への社会の理解を深める一助になれば幸いです。
大学プロフィール
自然、環境、宇宙そして人、ともに響き合う理工学部へ
東京理科大学 理工学部
東京理科大学 理工学部は、「事物の本質を探究する理学とその知見を応用する工学の連携のもとに教育・研究を展開し、新たな科学技術を創造すること」を基本理念に、自ら発見し自ら解決できる、問題発見力と問題解決力を備えた学生の育成を目指している。自然、環境、宇宙、人の4つの分野がともに響き合い、学科・専攻を超えた多様性に富んだ先端的応用・基礎研究を推進している。
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田中 皓介(たなか こうすけ) |