掛川市の南部に位置する横須賀地区には、「旧家」と呼びたくなるような歴史を感じさせる趣深い建物が連なる「遠州横須賀街道」があります。毎年10月にはこの町並みを生かし、民家や商家の軒先などに芸術作品を展示する「遠州横須賀街道ちっちゃな文化展」が行われ、のんびり、ほっこりとした雰囲気に惹かれるファンを多く集めています。そんな横須賀の地、街道沿いの愛宕神社の脇にひっそりと、「愛宕下美術館」という名の建物があります。いえ、正確には、以前からそこには存在したが、長らく息を潜めていて、このほど息を吹き返した、というのが正しいのかもしれません。
一時は解体も検討されていた施設に光を当て、「泊まれる美術館」としての再生を目指しているのは、一級建築士で「愛宕下美術館再生準備室」代表の村松謙一さん。「失くしてしまったら終わり。この建物がここにあったから、我々に伝わったことがある。『あるもの生かし』をしたい」という村松さんに、愛宕下美術館の再生について話を聞きました。
出合いと再会、そして再生へ
「15年ほど前、建築士会のツアーでこの美術館を訪れたのが最初でしたね。このように変わった様式の建築物、しかも美術館が、この地域にあったんだ、と驚きました。しかもずっと閉館したままで」。なるほどこの美術館、竣工した1931年ごろには当地周辺で唯一、民間で建てられた鉄筋コンクリート造の建物であり、所々に異文化の香りを感じさせるモチーフも多く散りばめられているなど、「変わった」建物でした。
それが4年前、現在の所有・管理者の方から、村松さんが所属する空き家対策推進のNPO「かけがわランド・バンク」に、美術館の建物の処分に関する相談が寄せられ、同施設との再会を果たすこととなります。
「愛宕下美術館は、三代目の管理者の方が亡くなり、その後手つかずのまま数十年が経過。その管理者さんが住んでいた同敷地内の住居も、長らく空き家となっていたそうです。また、建物の裏手が急傾斜地崩壊危険区域であることや、施設への進入路が狭小で解体用の重機を搬入することが困難なことなど、存続するにも解体するにも障壁が残る状態でした」。そこから2~3年の間は、相談を受けた村松さんもボランティアで美術館周辺の草刈りをするなど、美術館の延命に力を貸す、という日々が続いたそうです。
しかしここで、村松さんの胸にある思いがふつふつと湧いてきます。「このような希少な建築物が『負動産』化してしまっていることが、しのびないなぁ…という気持ちでした。例え建築士のわがままだとしても、建物の価値を後世に伝えることは、建築士の仕事の一つではないか。文化の継承は、血縁者でなくても、残せる人が残すべきでは」。そんな気持ちが溢れ、現管理者の方に「私に任せてほしい」と伝えるに至ったそうです。
築95年、ほぼ30年間手つかずの美術館と住居。建物の中は「どこから手を付けてよいかわからないほど荒れた状態」だったといいます。ごみの処理と耐震改修、内装改修を進めるとともに、館内に残された美術品の整理と修復・保存も並行して進めました。2025年9月に着手した改修や整理は、ようやく外壁や外構の整備段階まで進んできたところだといいます。
あるものを生かしたい
「この美術館を建てられたのが、三枝基(さえぐさ・もとい)氏という当地出身、財閥系企業で総務部長まで務めた資産家の方。自身で蒐集したコレクションに加え、当地横須賀ゆかりの作家から作品を買い上げるなどし、集めた美術品を収蔵・展示する場として私設の美術館を建築したのだそうです」。20年近くの休館期間を経て、かつて収蔵されていた作品はすでに一部しか残っていませんでした。「美術品の価値の有無は、私にはわからない。というより、価値の有無は、残すべきかどうかの判断に影響しない。捨ててしまえば、終わってしまうんです。残して、時間を経ることで生まれる価値を、後世の誰かが見つけるかもしれない。『あるもの生かし』をしたいんです」と、村松さんは美術館再生の意義を話してくれました。
宝物さがしの気持ちで訪れてほしい
村松さんは、美術館再生に向けて「泊まれる美術館」という形を描きました。旧管理者住居を宿泊可能な空間にリノベートし、美術館と宿泊施設を中心に、人や経済が循環する仕組みをデザイン。「掛川市空き家モデル事業」の採択も受け、民泊サービスをスタートさせようというところまで準備が進んできました。「民泊を利用しゆったりと時間を過ごしていただく中で、美術館のバックグラウンドに思いを馳せてもらったり。遠州横須賀街道の魅力に触れてもらうこともできる。地域の魅力を知るぜいたくな時間を過ごしてもらえれば」という村松さん、7月から順次民泊の予約受付を開始したいと話し、「宝物さがしのような気持ちで愛宕下美術館を訪れてほしい」と笑顔を見せていました。愛宕下美術館は毎月第2・第4日曜日のみ(午前10時~午後4時)無料で見学可能、10月の「ちっちゃな文化展」でも展示を行うとのことでした。
●プロフィール
村松謙一さん
さんさい工房一級建築士事務所代表、NPO法人かけがわランド・バンク副理事長。
「愛宕下美術館再生準備室」代表として2025年から再生事業に取り組み、同年に掛川市空き家モデル事業に採択された。