大噴湯の噴き上げ
(100℃の温泉が地上約30メートルまで噴き上げる)

 峰温泉大噴湯は100℃の熱湯が24時間365日毎分600リットルずっと約30mの高さに達する勢いで噴き続けています。これは今からちょうど100年前の大正15年(1926年)11月22日に誕生しました。そしてこれは当時30代の愛郷心に溢れた稲葉時太郎という青年が約3年半の歳月を掛けて成し遂げたのですが、これがどれほど苦難の物語であったかが92年前に建立の石碑にこのように刻まれています。

 「幾多(いくた)の障害に遭い( しょうがいにあい )、数次(すうじ)の蹉跌(さてつ)を期し資財(きししざい)は殆ど傾け(ほとんどかたむけ)、炊煙途絶え(すいえんとだえ)世の嘲笑(ちょうしょう)を蒙り(こうむり) 、困難極みに達し死を決せるも、熱烈真摯(ねつれつしんし)なる君の愛郷心と百折不撓(ひゃくせつふとう)の猛勇信(もうゆうしん)とは君をして・・・・大正十五年十一月二十二日熱湯興然(ねっとうこうぜん) とし噴出し白霧天空騰る(はくむてんくうあがる)こと二百尺に達し壮観を極めたり。」

 映画が1本出来そうなくらいの困難の物語ですね。
 現在河津町ではこの大噴湯が100年を迎えるにあたり『動力を一切使用しないで24時間365日連続して噴き上げ続ける自噴泉のなかで世界一高くまで噴き上げる温泉』といったカテゴリーでギネスに挑戦をしています。

 そもそもですが、地上30mに達するほどの水圧で100℃の熱湯を毎分600リットルしかも一瞬たりとも弱まることなく噴き続けるためには、豊富な水量・それを沸き上げる膨大な熱量・これを押し上げる強い圧力が必要で、しかもそれらが常に安定していなければなりません。地中内の熱水が通る通路(チムニー)ひとつ考えてみても、これらが硬く、狭すぎず広すぎず、の絶妙なバランスが備わっていなければなりません。イメージで言えば地下のとてつもなく大きなボイラーから堅牢な配管を通って、ポンプにより強い圧力で常時送り出しているような感じです。それが100年間です。温泉は良く“生き物”だと言われます。放っておけばすぐに枯渇します。峰温泉では揚湯管に湯の花が付くためその除去作業を週に2回“湯守”が行っています。この“湯守”こそが、100年間人知れず昼夜大噴湯を守り続けた尊い物語なのです。

 大噴湯公園では毎週火・金曜日を除く毎日、1時間おきに7回噴き上げを公開していますので、お近くにお越しの際は、ぜひ一度この壮観な噴き上げを“湯柱”をご覧になってください。その時は、源泉かけ流しの桶に浸しての「大噴湯玉子」はイチオシですので是非やってみてください。

晴れた日は虹がよく出ます。出たら願い事を! ほのぼのとした大噴湯たまご作りコーナー

 そしてここからは、この大噴湯が人々に“幸福”をもたらしているというお話です。河津町は大噴湯を核として他の4つの源泉と合わせて約500世帯に集中配管により温泉を供給しています。給湯先は一般家庭以外にも、日帰り温泉の踊り子温会館・町の保健福祉センター・特養老人ホームのサンシニア河津・宿泊施設・足湯・さらには温泉スタンドなどです。多くの町民が“毎日温泉旅行”のように至福の時を楽しんでいます。つまり大噴湯は観光以外に福祉・健康・療養・介護・エネルギーと、町民の“幸福度アップ”に大きく寄与しています。ひとつの例をあげれば社会福祉協議会の「訪問入浴」は温泉を積んだ専用車で駆けつけてくれて、寝たきりのお年寄りでも温泉を浴びれるという住民サービスを実施しており多くのお年寄りに“幸福”をもたらしています。
 温泉スタンドは給湯配管が届いていない町民が多く利用しています。河津町では自家用車に500リットルほどの温泉タンクを常時積んでいる車が多く見かけますが、毎日安価で温泉を汲みに来ています。配管による供給世帯も含めて、これほど町民が温泉を気軽に利用できる市町もなかなかないと思います。
 そして源泉かけ流しの足湯が町内に3つありますが、どこも桜祭りには大人気!お花見で歩き疲れた足を優しく温めることで、河津桜祭りの魅力をぐっと押し上げています。ここまで温泉を住民サービス・観光利用に成功している自治体は見られませんね。
 河津桜がこの地を選んだのも、大噴湯をはじめとしたコンコンと湧き出る豊富な温泉の温かさがあったからもしれませんね。

大正15年11月22日
大噴湯誕生の時の貴重な写真
(公園案内板より抜粋)
公園内の解説板より抜粋
“源泉かけ流し”の大噴湯たまご作りコーナー モニュメント“フントー君”
(高さ2.3m)
やぐらの形の
オリジナルのおみくじ
御札のサンプル
(フントー君が可愛い)
勇壮な噴き上げの姿 毎分600リットルの瞬間!
晴れた日には虹も鮮やかに!